そうやって新しい世界に触れれば触れるほど、海外でやってみるのも面白いかなと思うようになりました。Number664 小笠原満男インタビュー
最近、僕が生きているインターネットの業界では本当に転職が多くなってきた。統計を見たわけではないので、確かな現象とはいえないが、少なくとも僕のまわりでは、会社を移る姿をよく見る。
特に最近目立つのが、いわゆる76世代と呼ばれる、今30代になった人たちが転職する姿だ。
僕がはじめての転職をしたのは35歳のときだ。10年いたIBMを辞めて、マイクロソフトに転職するのだが、はじめての転職のジャンプは、とても勇気が必要だった記憶がある。
会社の上司はもちろん、怒り狂ったし、友人たちの多くも、決して歓迎はしてくれなかった。
父親の意見が影響する年齢でもなかったのだが、父親ももちろん反対した。当時、マイクロソフトという会社を、タクシーの運転手が知らなかった時代だったから、無理も無いのだが、それ以前に「転職」という事実に、自分の息子が「負け犬」になったと感じていたようだ。
今、76世代の彼らには、そういった抵抗感は、ないように見える。彼らは、下手をすると、30歳が3つ目の会社だったりする。
すべての人がインターネット業界にはじめからいるか、というと最近はそうでもない。保険会社とか雑誌社とか、アパレルとかお役所とか、古い業界から1度こちらの世界に転職した人が、30歳までに二つ目のインターネット会社に移っている人も多くなってきた。
インターネット業界から、今度は海外に行くぞ、という人も、特に女性に目立つ。海外に行くのも、今は選択肢がすごく多くなっている。
マイクロソフトのInternet Explorer なんてブラウザが無かった時代から、僕はインターネットに触れていたから、僕らは最初のインターネット世代になる。ネットでつながることが、とにかくうれしくて感激した人間たちだ。
今の30代の人間たちは、はじめから、仕事の環境としてインターネットがあり、携帯もふんだんに使え、転職も抵抗無くできて、海外への留学や転職もできる。ブログとか、ミクシィとか、動画サイトとか、新しい道具に囲まれている。
そういうのは、純粋にうらやましいと思う。
僕は「今どきの若い者は」なんてことは、思わない。「ちぇっ、いいよな」と思っているわけだ。
すっかりサッカーの話がないままに話が進んでしまったが、ネット業界の転職と、サッカーの移籍は、少し同じような流れを感じる。
つまり、チームの移り方や、目的が違ってきているのかな、ということだ。
小笠原がイタリアのチーム、それもヤナギがほぼ移籍を失敗したチームに行く、と聞いたときは「やれやれ、せっかく日本でがんばっているのに、よりによってそんな中途半端な場所にどうして移るのかな」と思ったものだ。
でも、ナンバーの彼のインタビューを読んでいると、彼が海外に行きたかった理由が、すごくよくわかるような気がしてきたのだ。
「新しい世界に触れてみたかったから」
そんな単純な動機は、単純であればあるほど、しっくりくる。
セリエAの八百長事件とか、ヤナギの失敗とか、いろいろネガティブな情報はあるし、失敗する確率もそりゃあるだろうけど、それも含めて、新しい経験ができれば、それは自分の財産になる。
いや、そこまでかしこまって考えなくても、「移って駄目でも、それはそれで」というところだろう。
なぜなら、、、、これも単純化しすぎだが、人間の財産は経験だから、若いうちにできるだけ多くの経験ができればそれがいい、という発想だ。
その「経験」というのも、僕らより上の世代が口にするような、額に飾った毛筆体の「経験」ではない。キーボードから変換して、ミクシィの日記に書くような手触りだ。
小さいディテールの経験が、自分に積み重なっていく。そんな、新しい細胞を少しづつ手に入れたような感じが心地いい。
たとえば、小笠原の場合は、その経験の一つはグラウンドで滑らないテクニックだったりする。
(ピッチが)滑るってことに関しては、チームメイトが秘密を教えてくれました。『細かくタタタタタってステップして止まれ』っって。日本だったらガッと踏み込んでターンするけど、『それじゃ滑るぞ』って言われました。確かに気をつけてみると、皆そうやってる。今までで一番の発見です(笑)
日本では滑るのは道具道具と言うけれど、難しい環境の中でもやり方はあるんだと。そういう点なんか、こっちに来てみないとわからないですよね。
小さな「滑らないためのテクニック」は、道具に頼らなくても何とかできるはずだ、という小笠原自身の経験になって降り積もる。
サッカー選手は転職につぐ転職をしていく。
若い頃は、自分がプロになるのかわからず、中学生、高校生、人によっては大学と、3年から4年のサイクルで、自分のことを考える。
プロになれば、ワンシーズンが1年というサイクルになっている。
その1年ごとに、自分の次のことをまた考える。
それに、転職先の会社としょっちゅう対戦できる身の上でもある。
代表に呼ばれたり、海外との試合があれば、海外のサッカーという仕事場との戦いも経験する。
鹿島ではいろんな優勝を経験させてもらって、ほぼ常時試合に出れるようになって、日本代表にも選ばれるようになった。日本代表で国際試合をやったり、いろんな国に行ったりする中でこんな国、こういうサッカーもあるんだということも知った。そうやって新しい世界に触れれば触れるほど、実際に見てみたいという気持ちが出てきて、海外でやってみたいとう気持ちが出てきて、海外でやってみるのも面白いかなと思うようになりました。
小笠原の言葉の「海外でやってみるのも面白いかな」の「かな」の部分が、まさに76世代の転職と同じ匂いがする。
「そろそろ、会社移ったほうがいいかな、と思って」
人生を軽く考えている、と思う人もいるだろうが、僕は小笠原がうらやましい。彼が、これから手にしていくディテールの数々は、イタリアに行った小笠原でしか手にできないものばかりだ。
移ることでぶつかっても、移ったあとで苦しんでも、その経験が次の道を決めていく。
そうやって少しづつだが、前に進んでいけばいい。
経験のディテールが、雪のように自分の手のひらに積もっていく。そんな感じが、うらやましい。
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