僕は監督にはならない。何より僕はサッカーアカデミーに興味がある。僕がやりたいのは、子どもたちをコーチすること、サッカーと人生について教えることだよ。Four Four Two ベッカムインタビュー
世の中は平等には出来ていない。学校には、必ず天から二物を与えられたやつがいる。そう、成績がトップで、運動もトップクラスというやつだ。そいつを見る先生の視線はなんだかとっても優しいし、運動会でもリレーの選手でアンカーだったりするわけだ。ここでは、そういう属性を持った創造物を「二物男」と名づけて話を進めよう。
成績とスポーツの「二物男」も許せないが、もっと許せないのは、二物の片方が「圧倒的に格好いい」という場合だ。
格好良くて成績がよい。格好良くてリレーの選手。
学校という世界で学んだことの一つは、そういう男の周辺にいてはいけない、ということだ。
女の子や先生の視線が、自分ではなく、すぐそばの男に注がれるというだけで、人は失うものがあるような気がする。エネルギー保存の法則だ。
サッカーのジュニアユースぐらいの試合や練習を見ていると、時々、そういう「二物男」がコーチの中にいたりする。
「二物男」が現れると、明らかに空気が変わります。
現代の科学では、まだ「視線」の質量や温度を測れないと聞くが、どうもそれは疑わしい。明らかに「二物男」を見る、お母さんたちの視線は、熱くて重たい。
日本のお母さんたちは控えめなので、そこで激しく身体をうねらせたり、叫んだりはしないが、それでも子どもの写真を撮るふりをして、その先にいる「二物男」をしっかり携帯電話のカメラに捉えている。普段は子どものプレイに文句を付けるお母さんがニコニコしている。
はじめてサラサラ髪のベッカムを見たときは、お母さんでない僕も、「こりゃまいったな」とさすがにその格好良さにあきれたものだ。
テレビやDVDで見ている限り、サッカーのフィールドの上の「格好いい」は確実にエネルギーだというのは、男の僕にもわかる。
しばらく雑音ばかりで、不遇を見ていたベッカムも、ここに来て本来の力が復活している。
イングランド代表にも復帰し、あの例の「キーパーが手を出せない、ぎりぎりのポイントめがけてグインと曲がるキック」も、最近よく見る。
やっぱりベッカムはすごいんだな、と思うと同時に、ベッカムぐらいになっても、結局サッカーが喜び、というのはサッカーファンとして単純にうれしい。
そのベッカムがアメリカに行く。
まだヨーロッパでやれるじゃん、という思いと、もう少し景気がよければ、絶対日本だったのにな、という思いが複雑に絡むが、今アメリカに行くのは、ひょっとすると絶妙のタイミングかもしれない。
前にも書いたがアメリカのサッカー人口は桁外れに大きい。そして何よりもサッカーママと呼ばれるお母さんたちの勢力が大きい。
今までは、子どもや女の子のサッカーと、プロのサッカーがまったくつながっていなかった。
でも、ここに来てメジャーリーグサッカーも育成(PLAYER DEVELOPMENTというらしい)に力を入れ始めた。
たとえば、ニューヨークにあるレッドブル・ニューヨーク(レッドブルは宮本のチームのスポンサーですね)は、最近育成のトップの人材を入れ替えた。来年に向けて、育成のための拠点をニュージャージーに持つ計画もある。
クラブアライアンスという制度を敷いて、ニューヨークなど近郊の子供向けサッカークラブとパートナーシップを大幅に広げはじめているようだ。
セレクションを兼ねたサッカー教室の風景をネット上のビデオで見れるが、アメリカンフットボールのコートの中で、たくさんの女の子もまじって、トレーニングが行われている。
アメリカでは、サッカー場の建設も急ピッチで進んでいる。
アメリカンフットボールのコートでサッカーをやっている「はずした」感がぬぐえなかったのだが、ここ数年でメジャーリーグ・サッカーの多くのチームが、いわゆる陸上トラックの無いサッカー場を持つことになる。
プレミアで見るようなスタジアムの風景が、アメリカにも出来ていくとしたら、、、アメリカがサッカー大国になっていく坂道も、ちょっと勾配が急になってきたようだ。
さて、そこに「超二物男」のベッカムがやってくる。
僕が見た米国ABCテレビでは、二人の美人キャスターが、ベッカムを紹介するとき、確かこんな風に言っていた。
「サッカーファンでなくても、ベッカムファンの人は多いでしょう。今日のゲストはそのベッカムです」
やれやれ、という気もするが、なんだか巨大市場がこれから動き始める合図の言葉のようにも思えたりする。
ベッカムは、例の格好いい顔で答えていた。
「みんなは笑うけど、僕がアメリカに来るのはお金のためじゃない。妻や子どもにとっては暮らしやすい場所というのが大きいだろうけど、やっぱり僕の中ではサッカーが大きな理由なんだ」
日本のジュニアサッカーで、熱い視線を「二物男」のコーチに注ぐお母さんを思い描くとき、アメリカのサッカーママのギアが「ベッカム」によってシフトされていくのが、目に浮かぶようだ。
やっぱり「格好いい」は力になる。
アメリカが「サッカー」を「フットボール」と呼び変えるようにはならないだろうし、バスケットやアメリカン・フットボールのように盛り上がるとは思わない。それでもベッカムの「格好いい」は、確かに巨大なポテンシャルにスイッチを入れそうだ。
だから、僕はアメリカとベッカムの化学反応に、ちょっと注目している。
ベッカムへのお願いは、一つだけだ。
アメリカ人が、サッカーのルールを変えようとしたら、
15分で試合を区切ろうとか、レッドカードの退場は20分で戻そうとか、タイムを許そうとか、ロングシュートは3点にしようとか、、、
考えただけでうんざりするような提案が出てきたら、
その格好いい顔で、やんわりと拒否して、たしなめてやってください。
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