自分はこれまでサッカー人生でどんなチームに対しても負けない気持ちでやってきた。相手が1位でもその気持ちは変わらない。とにかく恐れずに戦うことが大切ガンバ大阪戦後の横浜FC オ・ボムソクのコメント
休日、サッカースタジアムに行くのは結構大変だ。別に荷物が多いとか、服がめんどうだ、とかそういう話ではない。なんというか、少し重いスイッチのようなものを入れなければいけない感じが意外に大変だ。
体力がもともとない上に、そろそろいい年齢なので、月曜日から金曜日まで働くと、土曜日の朝は疲れ切ってぐったりとしている。身体は重く、今日サッカーがあるのか無いのか、調べる気持ちにもなれないでダラダラとしている。
東京に住んでいるとはいえ、どんなに近くのスタジアムでも、1時間以上はかかる。
重い体を引きずって、ましてや平日は一緒に食事ができない家族との夕食の時間を犠牲にして、1時間から2時間の道のりを行くのは、やはり気持ちのアクセルを踏む必要がある。
サッカー観戦は確かに楽しいこともある。
でも、スタジアムがいつも楽しい場所だとは限らない。
天気が悪い日もあれば、座席が思うような場所とも限らない。好きなチームが勝つとも限らないし、好きな選手が出るとも限らない。こうなるんじゃないか、という僕の予想は、大抵の場合、サッカーの神様が綺麗に裏切る。
お盆時期の土曜日、横浜FCの対戦相手はガンバ大阪、場所は三ツ沢競技場。
普通に考えれば、7連敗のチームが首位争いをするチームに勝つと予想する人はほとんどいない。足を運んでも元気になる可能性は極めて低い(エルゴラッソによるとtotoで横浜FCの勝利を予測した人は約3%)。
この前の大事な横浜ダービーは、8点も取られてしまった。
8対1と聞いたときは、あまりの情け無さにサッカー情報を見る気になれなかった。いっそサッカーのない国に行きたい気分だった。
サッカーなんかもう見たくない、と気が滅入っているはずなのに、また試合の日が近づくと「だから見に行かなきゃ」となっている。
その日は不思議に予感があった。
それがよい知らせである場合は、言葉にすると、消えてしまいそうな怖さがある。
理屈で考えれば、横浜FCがまた大量失点で負けても、誰も驚かない試合だ。でも多分そうはならない、という予感はあった。
よし三ツ沢に行こう。一人でも見に行こう、と思う。
「今日サッカーを見に行こうと思うんだけど」
僕がそう言うと不思議なことに普段は嫌な顔をする相方も、久しぶりだから一緒に行こうという話になる。ちょうどいいから、三ツ沢に近い、知り合いの家によってから一緒に行こうと話は発展し、気がつくと、二家族で子供4人、大人4人の計8人で三ツ沢に向かっている。猛暑が続いたのに、その日だけ、エアポケットのように、とても涼しい。
駅を降りても、それほどサッカーの試合がある、という雰囲気ではない。駅前のコンビニが少し混んでいるのが目立つぐらいだ。まだ重い気分のままダラダラと歩いていくと、三ツ沢公園の道にはセミの死骸がいくつも落ちていた。小高い丘の上に、スタジアムの明かりが見え、遠くにサポーターの応援する声が聞こえ始める。
スタジアムに入る階段を上りきって緑の芝生が見えると、水で洗い流されたように、気分はすっかり元気になっている。
「近いねぇ、すごく近い」
三ツ沢がはじめてだという知り合いは、観客席とフィールドの距離感に驚いている。
「スタジアムはやっぱりいい」
狭い三ツ沢の観客席が、満員になっていない(8千強)。少しさびしいが、観る側にとっては、ちょうどよい感じのゆるさだ。それでもサポーターたちの応援の熱さはいつもと変わらない。
横浜FCのスターティングメンバーには、有名な選手がいない。
カズ、久保、奥、山口、小村、そして三浦アツもまだ間に合っていない。一方のガンバ大阪は、遠藤、加地、橋本、二川、バレー、播戸、シジクレイと、知っている選手がいっぱいだ。注目の左サイドの安田もスタメンで、家長も途中交代で出る。なんだか、ガンバの有名選手を、知り合いに見せに来た気分だ。
試合はガンバがボールを支配する。もう何度も驚いたはずだが、相変わらず播戸が、ボールをもらうために絶えず動き続ける姿に目を奪われる。二川と遠藤はちょっとした動きで、いつの間にかフリーになって前を向いている。バレーの突破は、ディフェンスを振り切る強さがびんびん伝わってくるし、加地が時々見せる攻撃の姿勢も、信頼感が増しているように見えた。
それでも横浜FCは踏ん張る。
「あの3番誰? いいね」
試合がはじまって、少しすると、サッカーに詳しくない相方が、オ・ボムソクに注目する。
不思議なもので、生観戦をすると、テレビとは違うものが伝わってくる。
中盤のブラジル人 マルコス・パウロもいい。オが気迫を見せ、パウロがバランスを取る。それだけで、横浜FCは全体をコンパクトに保ったまま、気持ちのこもった守備を続けられる。しかし攻撃を急ぐとボールを簡単に奪われてしまう。
後半ゲームが動く。
家長が倒れてガンバはPKを獲得。これを遠藤がいつものように落ち着いて決めた。
「やっぱり駄目かな」
そう観客席の誰かがつぶやいた直後の展開で、横浜FCがセットプレーから1点を返す。
結局、横浜FCはセンターバックの早川が退場して10人になってしまうのだが、記憶の中のチームはむしろ10人になってからの方が動きがよくなった。
そして結果はドロー。勝ち点はたったの1。
何度も冷や汗をかく場面があって、運に助けられた面も大きかった。
相変わらず、サッカーの神様は、僕の予想(勝ち点3)を半分以上裏切る結果を目の前に提示した。
それでも、その勝ち点1がとてもうれしい。
こんなに勝ち点1がうれしいと感じたのもはじめてかもしれない。
サッカー観戦に行くと試合結果によって疲労感がぜんぜん違う。好きなチームが勝てば、疲れはゼロ。その逆に好きなチームが負ければ、帰り道がいつもの何倍にも遠く感じられる。その日は、勝ち点1だったのに、今までになくうれしかった。
この先、横浜FCが残り試合をどう戦うのか、なんとなく予感はあるが、どうせその通りにはならないし、やはり誰にも言わないことにしておく。
勝ち点1が取れた。そのうれしさが味わえただけで、その日は十分だった。
毎回スタジアムに足を運べるわけではない。試合があることすら忘れている日もある。来週の土曜日はきっとまたぐったりしている。
それでも、こういう日があるから、またスタジアムに足を運ぼうと思う。
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