アレックス・ファーガソン チャンスの尻尾をつかまえろ

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そのとき、突然、ある考えが浮かび、私は居てもたってもいられなくなって、会長デスクのメモ紙に「エリックカントナはダメかと聞いてくれ」と走り書きをした。
「マネージング・マイ・ライフ」 知将アレックス・ファーガソン自伝

アレックス・ファーガソンは、マンチェスターユナイテッドの監督をして20年がたつという。
ご存知のように、サッカーの監督の寿命は短い。プレミアリーグに限らず、一つのチームでこれだけ長く監督をやっている例はきわめて稀だ。
マンチェスター・ユナイテッドとアレックス・ファーガソンの頂点は、99年のトレブルと言われる3冠を獲った時代にある。3冠とはリーグ優勝と、FAカップと、チャンピオンズリーグの3つの優勝だ。
ベッカムが、少し目にかかるぐらいのサラサラ髪でコーナーキックを蹴っていた。あのサラサラ髪に、すべての栄光が凝縮されているような時代だった。
私はアレックス・ファーガソンが好きだ。
好きだが、監督として最高に優秀だとは思っていない。モウリーニョやベニテスのほうが間違いなく才能が上だと思っている。
でも好きなのだ。
ファーガソンが、ピッチの横をのしのしと歩く姿を見ると、僕の頭の中ではいつでも水前寺清子の歌声がする。
「幸せは歩いてこない。だーから歩いていくんだよ」
というあの歌声だ(知らない人はお父さんお母さんに聞くように)。
ファーガソンは思ったよりも運に支えられて、結構、いきあたりばったりなんだ、という印象を持っている。それでも、彼はノシノシと前に向かって歩く。そうしないと幸せがこっちにこないからだ。
ファーガソンを見るたびに、そういうことを実感する。
ファーガソンの著書に「マネージング・マイライフ」という本がある。「人生を監督する」みたいな題名も気に入らないし、何しろ分厚くて読みにくい本だ。
1回目に読んだ印象はよくなかった。だらだらとした細かな記述が並んでいて面白くない。司馬遼太郎的で戦国武将的な教訓を期待して読むと裏切られる。
しかし、1回目と書いたように、その後僕は繰り返しこの本を読んでいる。3年ほどたって、気になってまた手に取った。その後、また1年後にもう一回読んで、今、またページをめくっている。
前言を撤回しよう。この本は面白い。
どういうふうに面白いか説明するのは難しいが、だらだらとした記述のように、彼自身も結構、ダラダラといい加減な人なんだな、と思う。この分厚い本そのものが、アレックス・ファーガソンという人なのだ、とそう思うと、ぐっとしみ込むものがある。
ファーガソンは、1992年にカントナを獲得する。
1992年は、チームにとっても、ファーガソンにとっても、正念場の年だった。チームは、実に25年間優勝から遠ざかっていたし、ファーガソンが監督に就任して、6シーズンもの無駄な時間がたっていた。
マンチェスターユナイテッドも、実に辛抱強いチームだ。優勝を目標に呼んできた監督が、6シーズンもの間リーグ優勝がなくても、我慢し続けたのだ。
さて、どうしたら優勝できるだろう。もうさすがに優勝しないとやばいぞ。来る日も来る日も悩んだとき、ファーガソンの結論は、
「光り輝く選手を外から引っ張ってくる」
という安易なものだ。
そして、いくつかの候補がリストにあがるが、その時点では、カントナの名前は無い。アラン・シアラーも候補にいたが、断られる。その後、候補選手数人が駄目になって、悩みは深まる。
どうしよう、どうしよう、そのとき、一緒に悩んでいるチームの会長の電話が鳴った。

(前略)会長のプライベートの電話が鳴った。かけてきたのはリーズの会長のビル・フォザビーだ。彼はデニス・アーヴィングを売ってくれる気はないかと問い合わせしてきたのだった。まったく考慮するに値しない話だ。それだけ伝えると、彼とフォザビーはいつのまにか親しげに雑談を始めた。
そのとき、突然、ある考えが浮かび、私は居てもたってもいられなくなって、会長デスクのメモ紙に「エリックカントナはダメかと聞いてくれ」と走り書きをした。

会長が聞く。
「なぜカントナなんだ? その根拠は何なんだ?」
ファーガソンの答えは、「あの人とこの人が、『カントナは結構すごいかも』って言っていたから」というものだ。緻密な分析などかけらもない。
しかし、突然頭に浮かんだカントナというメモから、その後のマンチェスターユナイテッドの栄光は始まる。

1992年12月6日のマンチェスターシティとのダービーマッチは、マンチェスターユナイテッドにおける、カントナ時代の到来を予告するものだった。ライアン・ギグスの控えだったとはいえ、カントナが現れると、オールド・トラフォードがぱっと輝いて見えた。

「マネージング・マイ・ライフ」には、たくさんの失敗例も書かれている。若いころファーガソン自身が、パブを経営して、事業的に失敗した話も書いてある。
この本の魅力は、たくさん書かれた失敗にあるかもしれない。
失敗は山のようにある、けれども、その中に、カントナという尻尾もあった。そして、その後のマンチェスターユナイテッドは、まさに栄光のシーズンに突入していく。
チャンスの尻尾を捕まえろ。
それがマネージング・マイ・ライフを4度目に読み通して、分厚い本を閉じたときの結論だ。
マンチェスターユナイテッドは、ここ4シーズン優勝がない。今年、ファーガソンは正念場にいる。
しかし、ファギーはノシノシと前に歩き続ける。彼の背中に、水前寺清子の歌がかぶさる。

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