僕がただ居心地がいいからチームに残るんだ、と言われると胸が痛む。僕にとってはチェルシーに行くほうがずっと楽なのに。フェルナンド・トーレスがスペインのラジオで語った言葉 2007年2月1日
ジェフの阿部勇樹が浦和レッズに移籍する、という話が僕らの胸を複雑にした。
「判官びいき」や「柔よく剛を制す」という言葉があるように、僕らは弱いものが一生懸命がんばる姿にひときわ熱くなる。オシムが来てからのジェフのサッカーは、僕らの胸をわくわくさせた。ジェフは弱小クラブながら、魅力的なサッカーでがんばった。そのジェフの柱というか中心というか、「だってジェフって阿部がいなきゃやばいでしょ」という選手が抜けてしまった。
この胸に残る感覚を正直に言うと「痛い」という感じだ。
阿部の選択を痛いな、と思っていたとき、ふとフェルナンド・トーレスが思い浮かんだ。
フェルナンド・トーレスは、スペインのアトレティコマドリードの選手で、スペイン代表のフォワードだ。ドイツワールドカップでは、4試合で3得点と目を引く活躍をして見せた。
22歳で3月20日生まれでぎりぎりのうお座だ。女の子にもてそうな顔立ちで、同じアトレティコの出身のフォワード、ラウールの後継者という声もある。
この1-2年のヨーロッパの移籍市場では、フェルナンド・トーレスは移籍の目玉になっている。マンチェスター・ユナイテッド、チェルシー、ACミランが、かなり本気で興味を示しているらしく、大きな金額の移籍金が取りざたされ、ごく最近も「もうマンUに決まり」という感じの報道がなされた。
そのあたりの記事を読んでいくと、極端な話「なんで、フェルナンド・トーレスは、アトレティコなんていう小さなチームに残るんだ?」みたいな感じにさえ読める。
マンUもチェルシーもACミランも、浦和レッズ以上のビッグクラブだ。そしてドイツワールドカップでの大活躍。
「ええ、それで移らないってどういうこと?」という話なのだ。
それでもフェルナンド・トーレスは、移籍を拒み、アトレティコにとどまっている。
最初に断っておくと、僕は阿部の決断が駄目で、フェルナンド君が偉い、という話を進めようと思っているわけではない。
逆に、フェルナンド君、人生はチャレンジだぞ、と親父な説教をしたくなっているわけでもない。
フェルナンド・トーレスの性格を僕は知らないが、いくつかの事象をつなぎ合わせてみると、彼の性格がかなり真面目であることが読み取れる。
一つ目は、ドイツのワールドカップのチュニジア戦。この試合でフェルナンド・トーレスは大活躍をするのだが、よく見ると、ヨーロッパのフォワードにしてはリアクションに乏しいのだ。
一つ目は、セスクからのパスに対して、得意の斜め走りで、ディフェンスを寸手のところで振り切り、ゴールキーパーの必死のよせも、華麗に振り切ってゴールを決める。
スペインのサポーターはこれ以上ない歓喜に酔いしれる。フェルナンド・トーレスにとって、快心のゴールだったろう。
しかし、ここで、トーレスはガッツポーズをしていない。
二つ目のシーンは、スペインにリードを奪われて前ががかりになったチュニジアの裏をつき、トーレスがほぼ独走態勢に入ったシーンだ。しかし、誰もが絶対にゴールと思った、このシュートはゴールキーパーの見事なセーブに阻まれる。
しかし、ここでも、トーレスは悔しがるそぶりを見せない。淡々と次のプレイに移っていく。
「ゴールをしたら思いっきり喜ぶ」日本人としては海外のサッカーの羨ましいところだ。日本人も、まず喜ぶところから練習しないとね、と思ってしまう。
しかし、ゴールを決めたフェルナンド君はまるで日本人のように淡々としている。いや、ひょっとするとゴールを決めた阿部勇樹よりおとなしい感じに見える。
そう考えて彼のプレイを見ると、もっているスキルも、プレイのスタイルもいたって「まじめ」だ。フォワードなのに献身的に守備に走るし、少し下がり目になってポストプレイもできる。サイドに開いてセンタリングだってあげられるし、柳沢のようにすばやい動き出しで裏を取ることもできる。足元もうまいし、184センチと高さもある。
「こういう選手がいたら戦術的にはとても助かる」という一家に一台いたらとても重宝するタイプの選手だ。
そして、スペイン人でフォワードで格好いい顔立ち、というと、どうしても遊び人のイメージがあって、芸能人やモデルの彼女と派手なスキャンダルがあって、となるわけだが、フェルナンド君はそうではない。
オラーラ(Olalla)という結婚を約束した彼女がいるらしいのだが、二人は8歳のときからお互いを知っている幼馴染のようなのだ。ネットではこの彼女の写真や動画を見ることができるが、失礼ながらスタイルも顔の方も、なんだか真面目な普通の女の子の感じである。
フェルナンド君は、だから僕の勝手な想像なのだが、いたって真面目で、義務感が強い男なのだろう、と思う。
逆に言えば、ちょっとフォワードとしては、ガツガツした貪欲さも少なく、エゴイストでもない。正直、物足りない感じが付きまとう。
ポジションは違うのだが、なんとなく阿部勇樹とメンタルな部分では重なる部分がある。
僕は、今このクラブにいたなかで、今が一番悩んでいる。このクラブチームがどっしりと僕の肩に乗っているようだ。たくさんの人が僕に出て行ってほしいと思っている。僕が出れば、クラブに大金をもたらすからだ。僕がただ居心地がいいから留まっている、というのを聞くと胸が痛むよ。僕にとってはチェルシーに行くほうがずっと楽なのに。
フェルナンド・トーレスは、思いっきり悩んだ末に「出ない」という決断をしたのだろうと思う。
一方、阿部勇樹も、思いっきり悩んだ末に「出る」という決断をした。
「でも簡単な決断じゃなかったです。ジェフのチーム状態を考えると、残るのがベストかなと思っていたんで・・・・」(中略)「それにサッカー選手って選手生命が短いじゃないですか。30歳を過ぎると厳しくなる。僕に残されている時間は短いんですよ。だったら今やろうと思ったことをやりたいなと」ナンバー671 2月15日号 阿部勇樹のインタビュー
サッカー選手の人生は短い。そして子供の頃から常に選択を迫られる。
多分、二人の選択の違いには、ほんのちょっとの違いしかないのだろう。
そのちょっとしたバランスの違いが、結局は移籍と残留を分ける。
フェルナンド・トーレスの決断。阿部勇樹の決断。
結果は違うが、どちらも根底は同じだ。
お金のためでも、楽だからでもなく、自分のサッカー人生の短さを思ったとき、どっちが本当にいい選択か、と考えた末の決断なのだ。
いい加減な意味ではなく、どちらでもいいのだ。
僕が言えることは、彼らのギリギリの選択をいつもレスペクトしていたい、ということだ。そして、それぞれが次の壁を越えて、成長した姿を見せてくれることを願うだけだ。
日本代表とスペイン代表。もしかしたらマンチェスター・ユナイテッド対浦和レッズ。
阿部勇樹とフェルナンドトーレス、この二人のマッチアップが見れる日を楽しみにしていたい。
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