「叩き潰すくらいの気持ちで。それくらい圧倒的な差を見せたいといつも思っています」Number671 2007年2月15日 今野泰幸インタビューより
サッカー少年たちが顔を寄せ合って、次のワールドカップの日本代表のフォーメーションを、自分たちで勝手に考えている。日本のベストメンバーが揃わない状況が続く中、子供たちも、しびれを切らせているようだ。もちろん、そのフォーメーション表がオシムに届くことはないわけだが、それはとても楽しい作業だ。
俊輔が絶対必要だ、松井だ、稲本だ、と言っている中で、一人だけ「今野泰幸」を強行に主張しているサッカー少年がいた。
「お前は今野しか言わないし」
そう周りに非難されていたが、確かに彼はジーコの日本代表の初期の頃から、ずっと今野を主張していた。ドイツのメンバーから久保や松井が落選したことよりも、今野の名前がなかったことに絶望していた。
「なんで今野なの?」
そう聞くとサッカー少年は「だって今野ですよ? 今野しかいないでしょ?」と説明にならない主張をする。
そのサッカー少年のポジションは守備で、背も高くない。足元もうまくないが、よく走り真面目にカバーリングをこつこつとして、気がつくとチームに欠かせない選手になっている。彼の欠点は、試合中に声が出ないところだが、そんなところは少しだけ今野に似ているのかもしれない。
今野泰幸にまつわる僕の好きなエピソード。
あるサッカーショップの店長が、話してくれた話。
今野はそのショップを訪れたり、サイン会を開いたりすることもあるという。その日はショップの別の部屋で、今野泰幸と誰かが話していたらしい。
そこへ、女の子が二人店に入ってきた。一人がFC東京の今野のユニフォームを買う。
「なんで今野なんて好きなのよ?」と、もう片方の子に非難されながら。
レジに立っていた店長は、女の子からそのユニフォームを受け取りながら、別の部屋にいる今野選手のことを思う。
「こんなに運のいい子もいないかもな」
そう思うと「ちょっとお待ちください」と言って内線電話をする。
その女の子は、ユニフォームを出したのに、ほっとかれて、きっと失礼なお店だと思ったかもしれない。
「今、会えますよ」
そう店長に言われても、何を言っているかわからなかっただろう。
「え、誰にですか?」
やがて、店長に連れられて、別の部屋にいくと、その女の子の目の前に、地味な男が頭を下げながらあらわれる。
「怪我をしませんように」といつも頭を下げてからピッチに入る、本物の今野泰幸と同じように。
「そのとき、女の子、どんな感じでした?」
話の先が待ちきれなくなって、僕はその若い店長につっこむ。
「いや、もうわけわかんなくなって、震えてましたよ」
僕はその場にいたわけではない。でもその風景が目に浮かぶ。
目の前の男が、本物の今野泰幸だとわかると、今起こっていることがうまく把握できず、自分が買ったばかりのユニフォームを今野の前に震えながら差し出す。
今野泰幸は、例のモモンガのようなつぶらな瞳のまま、女の子が感激しているのを、不思議そうに見ている。なんで自分みたいな男に、こんなに感激するんだろうと思いながら。
やがて、ユニフォームにサインをすると、「どうも」とだけ言いながら、右手を差し出して握手をする。
ロナウジーニョを好きな人もいるだろう。ベッカムが好きな人もいるだろう。しかし、「今野泰幸が好き」という感じに、僕は特別なものを覚える。
うまく言えないが、普通は見逃してしまう大切なものに触れているような感じだ。
地味な風貌の割りに、ピッチ上の今野はとても目立つ。
なにしろ、いつでもボールのあるところに今野がいるような錯覚を覚える。正確なカバーリング、すばやいボール奪取、視野の広いサイドチェンジのパスとミドルシュート。
そして、何度か見せる縦へのダッシュに、見ているほうはぐぐっと膝を乗り出すようになる。
福西が加入し、今シーズンのFC東京は、中盤の競争が激しい。軽い怪我をして別メニューだというニュースも流れたが、1月27日の湘南ベルマーレとの練習試合では、今野泰幸は先発で元気にプレイしていたようだ。
日本代表でもFC東京でも、今野のポジションの競争は激しくなる。その中で成長できれば、原監督にもオシムにとっても、今野が欠く事のできない選手になっていくだろう。アテネオリンピック予選の山本監督にとって、今野が代えの利かない選手だったように。
「自分は上を見ているし、上を見るなら、Jリーグで誰にも負けないというのは当たり前なんで。試合でも完全に勝ってやるっていう気持ちでいます。叩き潰すくらいの気持ちで。それくらい圧倒的な差を見せたいといつも思っています」
サッカー少年にとっても、その女の子にとっても、今野は、彼以外は考えられない、という存在だ。
2010年が近づき、日本代表が真剣勝負をする時期が来たとき、今野泰幸は、日本代表にとって不可欠な存在だと考える人の数は、どのくらい増えているだろう。
時間はかかるだろうが、それが日本中に広がっている日が来ても、僕は驚かない。
ここからしばらくは、今野泰幸のプレイを見守っていきたい。
※本コラムは、サッカーショップ加茂と今野泰幸選手のマネージメント双方から許可をいただいています。
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